はじめに:大会運営引き受けの経緯
2022年末、弊社計測担当者から、伝統ある「京都美山サイクルロードレース」が開催の危機にあるとの相談を受けました。ウィラースクールでブラッキー中島氏に大変お世話になった恩義から、この事態を座視できないと訴えられました。東北に拠点を置く我々にとっても、その名はかねてより聞き及んでおり、この相談を機に初めて大会の窮状を深く知る運びとなりました。
事前の調査で、本大会が抱える運営上の課題が明らかになりました。

- 交通規制の高度な難易度
福井県小浜市方面へ抜ける主要道を使用するため、コースの完全封鎖は不可能です。各カテゴリーのレースごと、10分程度の規制と解除を繰り返すという、国内でも屈指の難易度を誇る交通規制が求められます。 - 多様な参加者の安全管理
本大会は、UCIやJBCF JPT登録選手、あるいは全日本ジュニア選手権のような脚力の揃った少数精鋭のレースはフォーマット通りに進めれば難しくはありません。しかし美山ロードは経験も脚力も様々な1,000名以上の市民レーサーが参加します。この多様な参加者集団の安全を確保しながら競技を進行させることは、極めて高いレベルの運営技術を要します。 - 脆弱な財政基盤
大会および参加者の規模に対して、財政基盤は脆弱でした。多くの大規模自転車レースが収入の約4割をJKAからの補助金で賄っている(例:ツール・ド・おきなわでは総予算1億円のうち4千万円が補助金)のに対し、美山ロードレースは補助金に頼らない独立採算で運営されていました。予算規模は1,000万円にも満たず、自助努力で各種経費をかなり抑え、なんとか赤字にはしないという状況でした。
一部で囁かれたようなブラッキー中島氏が「儲けている」という見方は実情とはかけ離れており、まさに熱意によって支えられてきた運営であったことがうかがえます。 - 過去のトラブルと行政との関係
過去には、参加者数が許容量を超えレースが運営が困難、また交通規制不手際でレースが中断した事例(2013年)南丹市職員による不祥事(2019年)交通規制を突破した車両による接触事故(2022年)などが発生しており、京都車連の皆様が長年多大な苦労を重ねてこられたことが分かります。
参考:2013年の参加者ブログ
https://parissora.blog.fc2.com/blog-entry-2239.html
近年では、ロードレースで公道を規制することによる地域合意形成の難しさや、スタート・ゴール地点の公共施設老朽化に伴うトイレや駐車場の利用が制限されるなど、運営に直接的な支障と追加費用が発生する事態に至っていました。
2024年11月、ブラッキー中島氏より、2025年大会を以て終了する意向であるとの連絡を受けました。一方で、サイクルグリーンツアーの盛り上がりや、ウィラースクール出身の子供たちの成長、地域全体のサイクリング熱の高まりなど、草の根レベルでは自転車文化が深く浸透し、多くの町民から支持を得ているという側面も存在します。この「町の意思決定機関からの否定」と「町民からの支持」という二極化した状況の中、我々は実行委員会の最終大会という決断を尊重することにしました。
しかし、この伝統ある大会を単に終わらせるのではなく
いつか復活する未来への種を蒔くことこそ我々の責務であると考えました。
地域の人々自身が運営できる仕組みを構築すること。そして、美山の子供たちの生活に根付いた自転車という文化を絶やしてはならないという強い思いから、最終大会の運営を進めました。
運営方針:未来へ繋ぐための刷新
最終大会の運営にあたり、将来の復活を見据え、以下の通り体制を刷新しました。
マップも実情に合わせた改訂を行いました。将来につなげたい思いからです。

- 運営体制の分担と若手への継承
大会実行委員長にはMCおよび選手の送り出しに専念いただき、スタート・ゴールエリアから動かない体制としました。現場の実務は、経験豊富な若手に権限を委譲しました。
- 事前準備・交通規制責任者:C氏(美山町出身・大学自転車部経験者)
- 競技責任者:T氏(大学自転車部経験者)
両名とも30代前半と若く学生時代顔見知りで、彼らに美山ロードレースの現場運営を実地で覚えてもらい、将来復活の日に現場を率いることができる人材となってもらうことを目的としました。
競技運営上の課題と反省
誠に遺憾ながら、当日の競技運営において2つの重大な問題が発生いたしました。関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。

- C4カテゴリーにおけるスタート時間の混乱について
技術が未熟な選手200名以上を一斉にスタートさせる危険性を考慮し、警察への届出資料ではC4カテゴリーを「8:40 C4-1 (45歳以上)」「8:41 C4-2 (45歳以下)」の2組に分割する計画でした。しかし、大会前日に公式サイトが過去のデータを参照したためか「C4 8:40」と一斉スタートで案内されていることが発覚しました。 このままでは、異なるカテゴリーの選手が混走し、1分の有利・不利が生じることでレースの公平性が損なわれ、不成立となる事態を最も危惧しました。C4参加者の多くはコミュニケ(公式通知)の存在に馴染みが薄い可能性も高く、当日口頭で説明してもかえって混乱を招くと競技統括者が判断しました。
熟慮の末、レースの成立と公平性の担保を最優先し、やむなく当初の計画を変更して同時スタートとする決断を下しました。展開を考えていたC4の選手の皆様には、多大なご迷惑をおかけしました。 - ウィメンズレースにおけるスタート間隔の誤りについて
ウィメンズレースは、昨年から実行委員長の強い希望で新設されたカテゴリーです。昨年は脚力差を考慮し、C3カテゴリーの1分後にスタートするという妥当な判断がなされていました。
しかし、2025年はウィメンズが10:25、その3分後にC3がスタートするタイムテーブルに変更されました。当日は、実行委員長自らがウィメンズの送り出しを担当されましたが、本来3分差でスタートさせるべきところを勘違いにより1分43秒差でスタートさせてしまうという事態が発生しました。
競技無線でこの事実を確認した時点で、競技側でC3のパレードを遅らせるなどの対応を取るべきでしたが、最終大会ということで、実行委員長が皆様と触れ合いたいと意向がありセレモニーなどが長引くことを踏まえ柔軟な姿勢を許容したこともミスを見逃す一因となりました。
主催者を補佐し、制止すべき立場にありながらその役割を果たせなかった結果、ウィメンズカップに参加された皆様のレースを台無しにしてしまいました。大変申し訳ございませんでした。
安全管理と技術的取り組み

- 安全管理体制
最小限の人数ではありましたが、極めて高いスキルを持つオートバイスタッフによる統率の取れた隊列維持により、レースの安全を確保しました。隊列を見ていただければどのようなスキルを持っているかはっきりわかると思います。
また、規制開始車両の先頭にはUCIセーフティマネージャーライセンス保持者を配置し、万全の体制で臨みました。現場実務と交通管制は、当初我々が担当する予定でしたが、学連経験者でもある地元責任者の理解度が高かったため、最終大会の運営を一任しました。
これは、将来の復活の日まで現場の感覚を肌で覚えてほしいという思いからであり、彼らは本筋に影響を及ぼすことなく、見事にその大役を果たしてくれました。 - デジタルデバイスによる競技情報の完全記録
「人は思い込み、記憶は薄れる」という前提に立ち、将来の改善に資する客観的資料を残すため、デジタルデバイスを駆使して競技情報を記録しました。これは、特定の個人の責任を追及するためではなく、あくまで未来のための資産とすることを目的としています。
- GPSトラッキング:全競技車両にGPSを搭載し、車列のタイム差や隊列の維持状況を正確に記録。
- タイムアウトの厳格化:2箇所の固定ポイントとGPSにより先頭とのタイム差をリアルタイムで把握し、「ゼッケン〇番までセーフ」といった明確な指示でタイムアウト処理を実施。
- 車載動画記録:可能な限り車載カメラで映像を記録。
- 無線音声の完全録音(フライトレコーダー方式):競技系・立哨員系のデジタル簡易無線を全て録音。録音データは生成AIでテキスト化し、時系列でインシデントを分析・可視化できる仕組みを構築しました。これにより、いつ、どこで、何が起きたのかを正確に振り返ることが可能になります。
これらの情報は、警察・消防など関係行政機関にも全て開示し、完全な透明性をもって運営にあたりました。結果として、大会期間中に落車はありましたが救急搬送事案は発生せず、競技側の対応は6名(軽度擦過傷5名、体調不良1名)の救護対応のみで、行政関係者の皆様にも安堵のうちにお帰りいただけたことが、一つの評価だと考えております。
- タイム計測における電波障害対策
2024年度大会のロードレースでは、原因不明の電波混信によりタイム計測機材が正常に動作しないトラブルが15件ほど発生しました。ハードウェアを3台交換しても改善せず、2.4GHz帯の電波障害と判断されました。ドローン、あるいは南丹市のケーブルテレビ配信環境が原因の可能性が考えられました。 この教訓から、今回は以下の事前対策を徹底しました。
- ドローン事業者への協力依頼:オペレーターに対し、電波干渉の可能性があるチャンネル(1~3ch)の使用を避けるよう要請。
- ライブ配信用ルーターの設定変更:2.4GHz帯をオフにし、5.3GHz帯での配信を依頼。
- ワイヤレスマイクの周波数管理:業者と連携し、技適マーク付きの800MHz B帯を使用。
さらに万全を期すため、参加者の皆様には計測チップを2個装着していただく「Wチップ」方式を採用しました。これは、あくまで美山ロードレースのゴールエリア特有の環境下における予防措置です。これらの対策が功を奏し大きなトラブルは発生しませんでした。

タイムトライアルはライブ配信もドローンもありませんので影響がなく当然計測チップ1つで運用

最終リザルト (1周の部のDNF処理も反映)
https://my.raceresult.com/341393/results
まとめ:未来への布石
今回、実行委員会は「最終大会」という苦渋の決断を下しました。我々はその意思を最大限尊重します。
しかし、同時に我々の判断で「いつか、将来につながる種」を蒔かせていただきました。若手中心の新体制への運営継承、そしてデジタル技術を駆使した運営ノウハウの完全記録はそのための布石です。
この報告書が、再びこの地で美山ロードレースが開催される日のための、確かな礎となることを願ってやみません。
文責
2025-06-11 競技統括者 鵜沼 誠
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